●私の人生はマイナスからのスタート
ちなみに私が、運をよくすることをやって、どれだけ人生が変わったか、運をよくする法則の使用前と使用後のお話をしておきたいと思います。まず、使用前のないないづくしの紹介です。
1、実家が非常に貧乏だった。まさにワーキングプアの家庭でした
日本人の父親と、中国人の母親の間に生まれた私でしたが、小学校5年生の時、父親がなくなり、母子家庭となりました。 友達が小遣いを持って駄菓子屋にお菓子を買いに行くのに、小遣いがなくて悔しい想いをした記憶が強く残っているくらい貧乏でした。
2、体がとても弱かった
そんな中で栄養失調でもあったのでしょう。小さい頃からよく病気をしていました。 とりわけ母親からは『敏は弱い』『敏は弱い』と言われ続けていた記憶があります。
幼稚園に行かなかったのも、その体の弱さが原因だったのでしょう。
3、社会人のスタートの時、大病をした
追い打ちをかけるように、会社に入ってすぐ大きな病気をしました。 結婚して長男も生まれたばかりで、生活の責任もあり、会社を辞めることもできなく、また実家も貧しかったので、しっぽを巻いて逃げ帰る訳にもいかず、まさに八方塞がりの状態でした。
4、学歴と言っても、たいしたものではない
一応、国立大学を出ましたが、好きで専攻した学科ではなかったので、勉強に身が入らず、成績は下降線の一途でした。 ちょうど学生運動まっさかりの時なので、どさくさに紛れて、かろうじて卒業できたようなものです。まさに劣等生です。
5、独立した時、大きな借金を抱えていた
39歳で独立したのですが、マイホームをローンで建てたばかりでした。さらに大学の専攻とは関係なく、また15年勤めたオムロンという会社とは全く関係のない分野での起業だったので、人脈もコネも何もないところからのスタートでした。
そんなないないづくしの中から、私は運をよくすることによって、数々のものを生みだして来ました。
運をよくする法則の使用後の様子の一部です。
1、自分の会社・(株)ソフィアマインドを持つことができました
自営業として独立したのが平成元年。法人化したのが平成3年。 おかげさまで今日まで、会社を潰すことなく維持して来ております。 とりわけ日本全体が『失われた10年』と言われている中、生き残って来られたことは、まるで夢のようです。
2、1500回以上の講演会をこなしてきました
何の資格も肩書きもなく、全く無名で一介のサラリーマンだった私が、こうして全国を飛び歩いて講演できるようになりました。 そのおかげで多くの成功者との人脈ができました。
またその方達との交流を通じて、類友の法則を実感しています。
3、本を30冊以上出版することができました
自費出版は1冊もありません。出版社さんより印税をいただきながらの出版です。 独立した時には、本を書いたこともなく、まして出版関係には何のコネも人脈のない中で、実現して来ました。
ついでに、学生時代一番苦手だったのが作文でした。
4、ローンを全て返済しました
起業した時、国民金融公庫から開業資金を借りましたが完済しました。また独立した時、マイホームのローンを抱えたと申し上げましたが、それも全て完済しました。そればかりではなく、リゾートマンションも現金で購入しました。
5、2人の子供の養育の責任も果たしました
2人とも男ですが、大学まで(次男は大学院まで)出すことができました。 子供達は私から完全に独立し、結婚もしました。さらに長男には子供が2人います。
つまり、私にとってはかわいい孫です。2人の子供には父親の生き様を見せることができました。
何より、生涯現役です。私には定年がありません。また意識したこともありません。 これからも生涯、夢を持って、目標に向かって前進していくつもりです。
国や会社に依存することもなく、自助独立の気概をもって、人に勇気と元気を与えながら生きていけるのが何よりの宝です。 運をよくすることをやり続けると、こんな人生が待っています。
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